目 次
仕事をする中で、誰でも一度や二度、忘れることのできない苦い経験があると思います
私も新人時代に味わった苦い思い出が一つありました・・・
丁度研修期間3か月目に入ったころと記憶しています。
「おたくには率直に話しておこうと思います」
会食を終えて、がらんとしたワゴン車にひとり乗りこんでこられたお客様がハンドルを握る私の背中めがけて突然切り出してこられました。
「は、はい。」
「今まで何度かお宅の会社を使わせてもらい、来てくれる運転手さん皆良かったのに・・・
あなたはちょっとひどいね。レベルは一番下 最低ですよ!」
想いもしないこの強烈な言葉の一撃。
お客様は今日一日の私の応対に我慢できず、溜まっていた気持ちを爆発させたようでした。
とにかく、こんな時は言い訳がましい言葉は必要ありません。
「はい、申し訳ございませんでした。」
只々平謝りです。
しかし、どこがまずかったのだろう・・?
すぐに今日一日の記憶がよみがえって、何点か思い当たる場面をあぶり出しました。
一体私は何をしでかしたのか
この日はワゴン指定の仕事で、運行指示書を見ると、中野にある会社からお台場にあるフジテレビに行き、小一時間待機した後、世田谷方面にある会食先へ移動、そこから再び中野の会社に戻るという仕事でした。
この御客様は会社のクライアントを乗せるために配車依頼をしたのですが、何か取引の絡んだ重要な接待だったのでしょう、かなり気が張っていたようなのです。
しかし、そんな空気を私は読めなかったのです・・・
今なら絶対やらないミス
フジテレビには過去に一度行ったことがあったというのも問題になりました。
目的地はわかっていても、付け場所がどこなのか事前にしっかりと確認しておくというのは、ハイヤーの仕事の基本中の基本。
なのに、この日の私は以前に行ったことがある場所だということで、運行指示書を見た時に、フジテレビに行くことだけを認識して、その横にあった「オフィスタワー」と明記された文字が示す意味を悟れなかったのです。
お台場フジテレビに到着しエントランスに車を入れようとしたら
「ここじゃなくて、オフィスの方です!」
「は、はい、失礼いたしました。」
でも、ここは間違いなくフジテレビだよな・・
オフィスの方って、もう一つ入口があったのか???
そうなんです。
かつて来たのは、メディアタワーの方だったのです。入口はここしかないと思い込んでいた私は焦りました。
急いでハンドルを切りなおして、そのまま直進し、フジテレビの建物をぐるりと回るようにして左折したところで、もう一つのエントランスが見えてきた時にはほっと胸をなでおろしました。
明らかに仕事の慣れによる油断が招いたミス
きちんと確認すべきだった・・・
お客様はこの時点でいつも送られてくる運転手の対応と違うものを感じたのでしょう。
こういうポカをしでかせば、失敗を挽回するため当然気持ちを入れ替えて臨みますでしょう?
私だってあの時は待機時間を使って次の目的地である会食先をきちんと調べあげ、付け場所も確認し、しっかり準備ができたと思っていたのです。
ところが、やはり初めて行くところだったせいで、行く途中で、またも間違いをしでかしたのです。
ナビに完全依存した過ち
会食先は首都高3号線の用賀で高速をおりて環八に入り、瀬田の交差点を左折、玉川通りを通って向かうところ。
一度も行ったことのない場所だったために目的地までの経路はナビ任せで本来やるべき経路確認を怠っていたのです。
この瀬田の交差点が曲者で、用賀方面から来ると、玉川通りに入るのには瀬田交差点で一つ道路を越してから左折しなければなりません。
ところが私はその時前方に注意するあまり、カーナビの画面に左折する表示が出たことで、この瀬田交差点に差し掛かるや、すぐに左にハンドルをきってしまったのです。
思わず、「アッ」と口をついて声が出てしまいました。
ただ、幸いにも、すぐに間違いを察知したので、ハンドルを切り替えすことで軌道修正できたので、ひとまず難を逃れました。
しかし、車体は旋回したことで大きく横揺れしましたから、何とバツの悪い空気が車内に漂ったことでしょうか。
おたく 最低だね
会食が終わり、クライアントを見送った後、中野の会社に戻ればこの仕事のすべての指示された運行は終了です。
最後に残った今回車を依頼されたお客様が一人乗りこんで来られ、この時、私の一日の運転対応の総括として冒頭で紹介した強烈なアッパーパンチをさく裂させたのでした!
「今まで何度かお宅の会社を使わせてもらい、来てくれる運転手さん皆良かったのに・・・
あなたはちょっとひどいね。
レベルは一番下 最低ですよ!
本来こういうことは担当した運転手には言わずに営業所に報告して終わりにするんだけど、それも私としては陰口をたたくようで気持ち悪いから率直におたくにも言っておくんです。」
「はい・・大変失礼いたしました。ご指摘ありがとうございます。」
「とにかく、秘書を通して報告するので、そのつもりでお願いします。」
カラになったワゴン車を運転しながら営業所に帰庫するまでの間ずっと頭の中にさきほど言われた言葉がこだまして、
営業所に車を入庫させると
ふーっと大きなため息とともにどっと全身から力が抜けていくのを感じました。
疲れた・・・・
お客様は、私の何がいけなかったかに対して具体的な指摘をされませんでしたが、運行上における二つのミスが「最低の運転手」の烙印を押される原因となったことは明白でした。
営業所で
業務日報の処理を行い、その足ですぐに今日起きた一部始終を営業担当者に報告すると
「ええ? あの人がそんなこといったの?」
厳しくお咎めを受けるかと思ったのに反応は意外にもあっけらかんとして、こちらが拍子抜けしてしまったのですが、
あとでわかりましたが、この手のミスはまだかわいいうちだったようです。
結局、始末書まで書くには至らなかったものの出禁処置は取られた模様です。
仕事を甘くみていた・・・
たかだかちょっと入るところを間違えたくらいじゃないの、うるせえ客だな
たまたま気難しいお客にあたったんだ
それに酔った勢いで言ったんだろうよ
気にすることなんかないよ。
そういってくれる先輩もおられます。
確かにあの時は会食後でお客さんは随分酔っていた・・
また、その後も仕事をしていく中で似たようなミスを何度かやりましたが、別段気にされない寛容なお客様も実際におられます。
ただ、あの時私が悔しかったのは、一度目のミスによって気を取り直し、その後の対応ができなかったこと。いわゆる基本に立ち返る「心構え」や「姿勢」を変えられなかったことなのです。
そして、何より依頼されたお客様の立場や考えを感じ取れる「感性」が鈍かったこと・・・
大変恥ずかしい話なのですが、私にとって成長の肥やしとなる経験の一つだったと今更ながら時間が経過して初めてわかるものなんですね。
もしもあの時、「最低だ」との指摘を受けなければ、その後の自分の仕事のやり方を変えることはなかったのですから。