住む世界の違う人を乗せて走る仕事

「本日はありがとうございました。」
銀座並木通りにて数人の和服を着た物腰柔らかい女性に見送られ
お客様は車に乗り込んでこられました。

一方通行の道の両側に所狭しと車が数珠繋ぎに並んで駐車している中を縫うようにして車を走らせると
後ろからふーと大きく息を吐く声と同時に、アルコールの匂いが運転席にいる私の鼻をついてきました。

「社長になる前はよく遊んだんだけどね
近頃は二次会に行かなくなったんだ・・・」

ぼそっと独り言のように言われました。

こんなときにどう相槌を打つたら良いか戸惑いつつ
そうなんですね・・と受けてみたのですが、それ以上の会話は続きませんでした。

「●●ホテルに参ります。」

行き先を一応確認してみても、お客様からの返事は無し。
しばし無言のままの状態が続き、車内の静寂を破ったのは、お客様が電子タバコに点火する「カチッ」という音。

私はほぼ条件反射的に左手をそっとのばしてエアコンの内気循環を外気導入に切り替えました。

今日はやけに孤独感が伝わってくるな

企業のトップともなると社内には腹を割って本音で付き合える人はきっといないだろうな。

何でも話せる親友みたいな人っているのだろうか・・・
受けるストレスは尋常じゃないだろうし・・
ご家族は? 夫人はどんな人だろう・・・

外堀通りを走りながら、いつしか頭の中はぐるぐると勝手な思いが渦まいていました。

社長の椅子は一つ

会社の社長になるとは、その会社にあるたった一つしかない椅子に座るということ。
会社のかじ取りをする責任は重いでしょうが、地位を得ることで金は入る。
名誉もついてくるし、個人としてみれば、基本的にすべてのものを手にした理想的立場にあるように見えるのだが・・

ご本人の満足度はいかがなものか
そして今後何をしていきたいと考えているのだろうか
もしこの場が仕事でなければ聞いてみたいことが山ほどあります。

でも、知ってどうするの?と尋ねられたらなんと返答したらいいかな・・・
興味本位で・・・いくらなんでもこれでは失礼になるのはわかっているので・・・

「まもなく到着します」

いつもの文言が口をつき、そのままホテルの車寄せに滑り込むと、ベルボーイが車に近づいてきたのを見てドアサービスを任せました。

車のリアドアが開けられ
「おかえりなさいませ」と挨拶されたお客様は
「これお願い・・」と、カバンをボーイに渡します。
こんなやり取りをみれば、このホテルの常連であることがすぐわかります。

ボーイは得意げな笑みを浮かべカバンを受け取るとお客様の歩調に合わせながら後を追うようにしてホテルのフロントに吸い込まれていきました。

その間に私はがらんとした後部座先に忘れ物がないかをすばやく確認し、空車になった車を大通りに出したところで時計に目をやりました。

時計は夜9時半を回っていました。銀座で3時間ほど待機したことになります。

ここでようやく自分の現実にもどされました。

同じ人間だけど住む世界が違う

乗車してくださるお客様たちは、我々と住む世界が全く違います。

同じものを見ていても普段考えていることが違うために、当然視点が違ってきますから、行動もかわり、生み出す結果も変わってくるのです。

たとえば、社会に何等かの影響を与える力のある人は、巷で起こる問題に対して、一般人のように対岸の火事のような物見遊山の気持ちにはなりません。自分の事のように考えて見ているのです。ですから、そんなお客様と話をするときは、相手が普段何を考えているのかを把握した上でないと、全く話がかみ合わないといったことが起こります。

仕事の醍醐味を感じる時

どこどこ会社の会長を乗せたとか、有名な政治家の誰々を乗せた・・今話題の芸能人を自宅まで送ったとか

仕事に就いたばかりの時は、こういう経験を自慢げに周囲に話しては浮かれていました。しかし、そういう人や環境の中で長く仕事を続けていくと、いつのまにか特別なものでなく「当たり前」になってくるのですね。

確かに、ハイヤー運転手の仕事には普通に生活していたらなかなか知り得ない世界を垣間見ることができる醍醐味があります。そして、社会的地位のある人の生活、仕事と密接に関わるせいか、ほんの短い時間でも車の中という狭い空間で同じ空気を共有していること、そのお客様の要請に応えることで感謝された時には、仕事に対するやりがいを強く感じます。

また、ハイレベルの人にじかに接する機会が多いことは、ある面いくらでも自分自身を大きく成長させることができる環境だと思っています。だからこそ、そこにやり甲斐を感じた人は、たとえ長時間拘束される仕事であっても辞めずに長く続けていけるのかもしれません。

 

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