刃を研いでいるか?

ハイヤーマンは普段から幹線道路を中心に、
地図をよく見て研究していなければなりません。
すなわち、刃を研いで、もしもの時のために備える必要があるというわけです。

お客様に気持ちよくご乗車いただき、目的地へとご案内するのがハイヤーの仕事
ところが、そんなハイヤーとして当然報酬の対価としてしなければならない仕事を
満足にこなせない時があります。
それは、行く先までの道がわからない時です。

ほとんどの場合、タクシーと違って、事前に行き先がわかっているのですが、
お得意先になると、社用車として使用されることが多いので
伝票に「指示」となっていることがあります。

時間的余裕がある場合は問題がないのですが
お客様が急いでいるとき、
あるいはホストとしてお客様をもてなす立場で車をご利用される場合が問題になります。

「予定変更して、代官町から高速に乗って、三茶でおりて、茶沢通にいってくれないかな?
ちょっと急ぎでお願いするよ。」

時間をかけて目的地を調べ上げ、準備良しと落ち着いていた気持ちはこの想定外の指示で吹き飛びます。

うわっ、予定変更だ!

とにかく、まず、返事をします。
「はい、かしこまりました。」
「ただ、恐れ入りますが、代官町からといいますと・・・
 そちら方面に不案内なもので・・・」
一瞬空気が凍りつきます。

「えっ、知らないの? そこの信号を左折して、突き当り内堀通りを右に道なりにいくんだけど」
「はっ、はい、かしこまりました」

ナビを見ているのですが、パニクッて地図が頭に描けません。
冷や汗たらたらです。

しばらく行くと右折車線に車が入って行こうとするので、後ろからすかさず
「ねえ、運転手さん。左の車線をとって行って!」
お客様の語気が強くなりました。

もうここまで来ると、恥ずかしさのあまり、顔から火が出そうな心持です。
「あ、ありがとうございます。」
前をむきながら、ぺこりとお辞儀をしました。

こんな会話をしていては、ハイヤーが務まりません。
だいたいこういう時はあとからデスクに呼ばれることがあります。
すなわち、御客様からクレームが入っていた時です。

「○○さん、ちょっといいかな」
朝一番、点呼時に声をかけられました。
昨日の○○商事の秘書から連絡があったんだけれど、
御客さん、運転手があまりに道を知らないので、機嫌を損ねたそうなんだ・・・

「そ、そうですか。申し訳ございません。」
「○○さん、道をもうちょっと勉強しておいてよ」
「はい、以後気をつけます。」

とは言ったものの、
結局、デスクサイドで「出入り禁止処置」をとられて
以後、その会社の仕事が回ってこなくなりました。