目 次
「どうぞこちらへ
お荷物はお預かり致します。」
羽田空港第1ターミナル ハイヤー乗り場
12時5分前 車に連絡が入り、指定された番号のバス案内ポールのある場所に車をつけると
予定通り3人のお客様がそれぞれ小さなカバンを手にもって現れました。
預かった手荷物をトランクに入れ、ドアサービス、自ら運転席にもどりシートベルトを着用すると後部座席からもカチッ カチッ とベルト着用の音が聞こえてきました。
高速を使用しますから後部座席のシートベルト着用は義務となっていますが、敢えてこちらからお知らせしなくても、すでに着用が浸透してきているんですね。
「東京駅八重洲口に向かいます」
と一言添えて、発車
車は羽田第一ターミナル到着レーンを直進し、そのまま高速道路に滑り込みました。
お迎え直前に調べた高速道路の渋滞情報では大井南から臨海副都心までが真っ赤になっていて、事故渋滞ではないようなのですが、
念のため首都高お客様センター(電話03-6667-5855)に問い合わせてみると、オペレーターは空港中央から京橋まで40分、1号横羽線を使っても同じだというのです。
以前、レインボーブリッジから1号線の合流地点で渋滞に出くわして全く動かなくなった経験があったため、一旦湾岸線に入り、大井南料金所を通過した時点でそのまま湾岸道路か1号横羽線を使うかを決めよう。
都心~空港間の送迎の仕事は頻繁にあるので、経路に関しては、十分心得ているつもりでいましたから、気持ちに余裕がありました。
事故渋滞にはまる
さて、羽田空港第1ターミナルの場合、ターミナル車寄せからすぐに高速道路へアクセスできて便利ですよね。
でも、
この写真を見ておわかりのように、上部 矢印の電光掲示板の交通情報の文字がはっきりと認識できるところまで車を進めると、仮に事故渋滞とわかって経路を変えようと思った時に、赤いポールが邪魔をして、すぐ右車線のレーンに移動できません。
その先に分岐しているところで、一旦右折して第2ターミナル方面へ向かい迂回して357号線に合流するのです。
これが第2ターミナルから都心方向へ高速道路でアクセスする場合は国道357号を少し走りながら入っていくために、高速が混雑していればそのまま直進していけばよいのです。
また、環状八号方面に出て、空港西から高速横羽線に乗るという方法もあります。こんなことは都内を走るドライバーなら当然知っていることで釈迦に説法となる話。
ところで、この日の問題は、お客様をピックアップする直前に渋滞状況を確認したという安心感ゆえに、この高速の入口にあった掲示板の文字が全く目に入らず、そのまま突入してしまったことなんです。
これはプロとしては失格ですよね?
湾岸線に合流してみると、やけに混雑していて車が流れていません。
ゆっくりと左車線に合流したものの、このまま渋滞にはまり続けていては、さっき言ってた40分では到底京橋にはつかないぞ・・・
そんな職業的「勘」が発動しました。
スマホを取り出し、高速道路の渋滞情報をみると、臨海副都心出口付近で事故の表示が出ていました。
まずいな・・・
すぐさま、この渋滞の理由を御客様に告げて、さて、どのような経路で行くべきか、あれこれと考え始めました。
しかしどう考えても結論は大井南から降りて357号を通り海岸通に行くしかないというもの。
これは、とにかく高速をおりなければ・・・
時計は12時15分をさしていました。
ハンドルを握る手が汗ばみ始めます。
セダンに3名のお客様を乗せているので、車内の温度があがってきているように思え、エアコンの送風を強めました。
自分も熱くなっていたからでしょうか、なかなか車が前に進まないので、御客様同士時計を見ながら、もしも電車に間に合わなかったらどうするか、半ば冗談交じりに話し始めました。
仮に13時8分の新幹線に乗り遅れたとしたら次は何時になるか、そんな話まで飛び出し、どうも話の内容からして絶対に予定の電車に乗らなければならないというものではないらしかったのですが、だからといって「遅れてもよいですよ・・・」とは言ってきません。
どの車線で走るべきか
非常に微妙な空気が漂う中、一方で私は3車線ある道路のうち、どの車線が一番流れるかを見ながらはやる気持ちを抑えつつ、アクセルとブレーキを交互に踏みながらのろのろ運転が続きます。
空港から都心へ向かう場合、最も流れる車線は一番右側の追い越し車線です。一番左の車線は、空港トンネルをくぐると東海ジャンクションで横羽線から湾岸線へ入ってくる車と合流するため普段でも流れの悪い車線となります。
事故渋滞の場合はこのセオリーが通用しない場合がありますが、この時は、東海ジャンクションまで明らかに左車線は詰まって動きませんでした。
左側に目を転じると並走する357号を走る車はどんどんと我々を追い抜いていきます。
くそ・・・なにやってるんだ・・
と焦る気持ちを抑えながら、時計をちらちら見てはその分ハンドルを握る手に力が入って、余計に汗ばんできます。
しかし車は依然のろのろの状態で、お客さまもついに黙ってしまいました。
手元の時計はすでに12時30分を回りました。
あと30分
御客様は私のコメントを待っているようでした。
しかしこの時の私は高速を降りるまで、間に合うかどうかの判断がつかなかったのです。
不思議な余裕あり
ようやく視界に大井南の出口が見えてきました。通常ならここまで3分位で来てしまうところ渋滞のせいでなんと30分はかかりましたでしょうか
高速を降りると357号の流れはなかなか順調でしたが、このまま海岸通を進み、下道で駅までいったら・・・
移動時間を考えると、駅には少なくとも午後1時までには到着しなければならない。
時計は12時40分を回りました。これは高速で八重洲までいくか・・・と、そう思うや
「芝浦から再度高速にのります!」
とお客様にお伝えしました。
海岸通、そして横羽線が共に流れてくれないとアウトです。
しかし、この日はなぜか気持ちに余裕がありました。「行けるぞ」という気持ちにさせられたのです。
心配だった海岸通りは順調に流れて高速芝浦入口に滑り込め、横羽線が混んでいませんように・・・。
料金所ゲートをくぐり本線に合流してみると
思った以上に車は流れているじゃないですか!
よし、これならいけるぞ!
ここでようやくはっきりとしたコメントを発表。
「お客さま、到着予定は1時になりますが、8分で予定の電車に乗れますでしょうか?」
この明確なコメントを待ちわびていたかのように
「大丈夫ですよ!」
すかさず助手席のお客様が答えました。
「ありがとうございます!」
狭い車内は一瞬にして安堵した空気に変わりました。
私はまっすぐ前をむき、できる限りアクセルを踏み込みました。
行きがけに八重洲降車出口を確認しておいて本当によかった・・
この気持ちが私に恐ろしいほどの自信をもたらしたのです。
もう絶対に間に合う、いや、間に合わせて見せる。1時ではなく1時5分前到着だ。
そんな気持ちが体に充満する感覚。
浜崎橋ジャンクションは芝公園方面に行く車が詰まっていましたが、1号線は順調に流れており、汐留出口方面に向け車を左車線に移し
そのまま会社線へ。
ここまで来ると車は一台もありません。
まさに独走態勢となりました。勝ち誇ったマラソンランナーのように車を八重洲地下にすべり込ませ、あらかじめリハーサルしていた八重洲口車寄せにハザードをたきながら到着させました。
時計は1時5分前。
降車した御客様3人は、いったいどこから出ればいいのかと辺りをきょろきょろと見回しながら出口を探そうとするので
「こちらです」
と手招きしながら私は急ぎ小走りで誘導しました。
鉄扉を開けると階段が八重洲地下街にすっと伸びていて、お客様たちは扉が閉まらないように手で抑えている私の前を急ぎ通過して階段を上っていかれました。
「いってらっしゃいませ
どうぞお気をつけて!!」
ドライバー冥利に尽きる
まるでその3人の逃亡を助ける映画のワンシーンのような情景でした。
不思議な達成感が私の全身を包みこみ、この時、言い知れない喜びを味わったのです
今日はなんだか仕事にノリがあるぞ・・
流れに乗っている時というのは何もかもが嘘のようにうまくいくんだなあ・・・
ベテランの方は多くの経験から様々な、「もしもの準備」ができるようになるため、失敗が少なくなるといいますが、この日、心に囁かれた小さな声を素直に従い準備できたことが功を奏し、いい仕事ができました。
ありがとうございます。
なぜか心の中に感謝の気持ちが満ちてきました。
たかだか羽田から東京駅への送りの仕事でこんな充実感を味わうなんて・・・
この味を知ったら、この仕事やめられませんよ
きっとね・・